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Lesson4.平常不動心という心構え
メルマガ「『成功する人』と『失敗する人』の決定的な違い」 vol6 2002.1.30 配信  より (改訂版) 2005.7.22 upload
【問題・障害・逆境】に直面してコルパーに成る人は、試練のまっただ中にいるとき、とても輝いているし、持てる能力を存分に発揮します。阪神淡路大震災のときにも、そうした青年達の姿が話題になっていましたね。もちろん、天災を待ちましょう、天災に遭ったらこうしましょう、などということを言いたいのではありません。普段の生活の中の至る所に、コルパーに成るためのチャンスは存在しています。

私自身、このように独立起業してコルパーにまた一歩踏み進むことができたのも、ある問題が浮上したときでした。この問題のまっただ中にいた一週間は、殆ど食事をしませんでした。疲れて何も喉を通らないというのではなく、食べる必要がないという感じでした。普段は水ぶくれしている感じの顔と身体がビシッと引き締まって、とても精悍(セイカン:挙動が鋭く勇敢なこと)になりました。

コルパーに成るための切っ掛けは、多くの場合、【問題・障害・逆境】の中に隠されています。【問題・障害・逆境】の中で、最高の選択と言動(パフォーマンス)ができたときに、あなたはコルパーに成るのです。大袈裟に考える必要はありません。例えば、上司からの叱責、部下からの不満、顧客からの苦情、子供の反抗,、いわれなき誹謗中傷等といった中にも、あなたのコルパー度を引き上げるチャンスがあるのです。(コラム:「初めての中傷メール受信」

コルパーの心構えができた人(できつつある人)の“日常”とは、【問題・障害・逆境】に直面したときの対応能力を開発するためにあるのです。すなわち「生きる力」です。そして、なぜ【問題・障害・逆境】が必要なのかというと、現実にそれに対応して初めて、あなたにその能力が備わったことを、あなた自身が自覚し、他者をも認識させるからです。自覚・認識されていない能力は、無いのと同じなのです。これが、【問題・障害・逆境】がチャンスであるということの2番目の理由です。

それでは、1番目の理由は何かというと、それは、非コルパーの心を揺り動かし、コルパーに成る決意をさせるという、「変」の可能性としてのチャンスです。【問題・障害・逆境】が、「起きろ! 目を覚ませ!」と非コルパーの心を叩くのです。この一連の作用を、「窮すれば則ち変じ、変ずれば則ち通ず」(「易経」)といいます。そして、この格言の作用は、本レッスンの最後にお話しする、「【問題・障害・逆境】がチャンスであるということの3番目の理由」の場面でも同じように働きます。


コルパーは、日常からチャンス【問題・障害・逆境】までの一連の日々を、
平常不動心(ビョウジョウフドウシン)という心構えで生きています。

まず、平常心について説明します。

平常心をヘイジョウシンと読んでしまうと意味が違ってしまいます。ヘイジョウシンだと、「危機やここぞというときにも、普段の落ち着いた心で取り組もう」となります。これでは「平心(ヘイシン:静かな心。心の平安)」と同類の意味で、肝心なときに最高のパフォーマンスを発揮することができません。例えば、本番直前にメンタルトレーニングを試みる際にも、緊張しないように、あがらないようにとリラックスすることばかりに焦点を当てていると、筋肉は弛緩して本当にダラッとしてしまいます。これでは良い結果を得ることは難しいでしょう。

ビジネスパーソンやオリンピック選手の指導者に私が念を押すのは、
“リラックスして本番に臨んでいる姿”をイメージさせるのではなく、本番の緊張感と周りの雰囲気を十分に感じながら(イメージしながら)、リハーサルあるいはトレーニングをさせる」ということです。後者の心の状態を、平常心(ビョウジョウシン)と言います。仮に、事の直前や開始間もないときにまで緊張感があったとしても構いません。すぐに必要以上の緊張(雑緊)は無くなります。緊張感を抑えることよりも、緊張感という波と一体になることを心掛けるべきです。このぐらいの方が、高いパフォーマンスを発揮できるし、他者への波及効果(例えば、感動を与えたり、魅了する等)も大きいものです。そして、この精神状態こそ、最高のパフォーマンスを発揮する後一歩のポジションなのです。

コルパーは、ビョウジョウシンで日常を送り、【問題・障害・逆境】に直面したときに最高のパフォーマンスを発揮します。非コルパーは、【問題・障害・逆境】に遭ったとき、ヘイジョウシンを保とうとしますが、うまくいかずにブルドーザーにはね飛ばされるか、自ら退散してしまいます。

次に、不動心について説明します。

不動心とは、その言葉通り、心を動かさないということです。ただし、無感動とは違います。コルパーは、豊かな感性を持っています。不動心で在ることの前提は、最悪の状況に直面したときの心の振れ幅を、事前に用意しておくことです。心の器を大きくすると言っても良いでしょう。例えば、ビジネスパーソンでしたら、仕事が無くなったときや、商品を通じて顧客に大損害を与えてしまったとき等が挙げられるでしょう。他にも、自分あるいは愛する人が亡くなること、大切な人との別れ、マイホーム・貴金属・特権等の消失等々、さまざまです。

私自身の例えでいうならば、十数年間のサラリーマン生活の後半では、私はいつでも職を辞する覚悟を持っていました。その上で、思い切って仕事をしました。そして、負の事がある度に、(サラリーマンとしては最悪の)辞職を一旦現実的に改めて覚悟して、そこから善後策を検討実践し、再び盛り返すように努力しました。

最悪方向の心をぐっと拡げておくと、たとえ最悪の状況に直面したとしても、心がぐらつくことはありません。この心の安定感を不動心というのです。

不動心の生き方とは、将来起きるかもしれない最悪の仮定を受け入れた上で、現在の諸々に感謝して生きることです。そして、いずれは最悪の状況にまで至ることもあります。そのときにこそ、あなたのそれまでの生き方が試されるのです。更なるステージにアップする局面では、それまでのしがらみをしっかりと切り捨てて、大変革を“目指し受け入れる”覚悟が必要です。なぜなら、ステップアップするステージは、これまでとは不連続の次元にあるからです。最悪の出来事に対して、嘆くことも、悪意や敵意、悲しみを抱くこともなく、赦し安らいだ心で対処できるのです。この大波を乗り切ったとき、あなたは、それまでとは全く違うステージを生きることになります。これが、【問題・障害・逆境】がチャンスであるということの3番目の理由です。

【問題・障害・逆境】というチャンスは何度でもやってきます。このチャンスを生かすためには、日頃から「和して同ぜず」「君子は和して同ぜず、小人は同じて和さず」−論語)の心構えが大切です。(実際の方法は、後のレッスンで解説します) 

以上の通り、「平常心」と「不動心」は、突き詰めれば同じ心の状態です。(コラム:「安而不忘危、存而不忘亡、治而不忘乱

そして、平常不動心を養うための第一ステップが、これまでのレッスンでお話しした、“気づいている”状態なのです。


注釈:通常「平常心」は、「ヘイジョウシン」と読んだ方が、筆者の意図を正しく汲めると思います。



基本問題 応用課題

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